国際課税 — 二重課税排除・移転価格税制・BEPSとグローバル・ミニマム課税
居住地国課税と源泉地国課税の二重課税を租税条約・外国税額控除で調整し、移転価格税制のBEPS Action 13三点セット、日本の外国子会社合算税制、OECD BEPSプロジェクトとPillar One/Two、恒久的施設概念を概観。国際展開する日本企業・スタートアップの実務論点も扱う。
article finance ja 居住地国課税と源泉地国課税の二重課税を租税条約・外国税額控除で調整し、移転価格税制のBEPS Action 13三点セット、日本の外国子会社合算税制、OECD BEPSプロジェクトとPillar One/Two、恒久的施設概念を概観。国際展開する日本企業・スタートアップの実務論点も扱う。国際課税 — 二重課税排除・移転価格税制・BEPSとグローバル・ミニマム課税
国際課税(international taxation)とは、国境を越える経済活動に対して複数の国家がそれぞれの課税権を行使しようとする際に生じる制度・ルールの総体である。一つの所得に対して複数国が課税すれば二重課税が生じ、逆に課税権の間隙を利用すれば無税・低税の状態(BEPS=税源浸食と利益移転)が生じうる。国際課税の実務は、この二つの極——過剰課税と過小課税——のあいだで課税権を各国間に適正に配分する試みとして理解できる。日本企業が海外に子会社を設立する、海外企業が日本国内で事業を行う、あるいは個人が海外勤務・海外投資を行うといった場面のすべてで、居住地国と源泉地国のいずれがどこまで課税できるかという問いが立ち上がる。
居住地国課税と源泉地国課税
国際課税の出発点は、課税権の根拠となる二つの原則である。居住地国課税(residence-based taxation)は、ある国がその居住者(個人)または居住法人に対し、所得がどこで生じたかを問わず全世界所得に課税する原則である。日本の所得税・法人税もこの原則に立ち、「居住者」は全世界所得について、「非居住者」は日本国内で生じた「国内源泉所得」についてのみ課税される。もう一方の源泉地国課税(source-based taxation)は、所得の受領者の居住地を問わず、所得が自国内で発生した以上はその国が課税するという原則で、非居住者に支払う配当・利子・使用料などに対する源泉徴収課税がその典型である。
現実の税制は両原則を併用しており、これが二重課税を生む構造的な原因である。たとえば日本の親会社が外国子会社から配当を受け取れば、配当の源泉地国が源泉徴収課税を行い、かつ日本が居住地国課税として親会社の全世界所得にその配当を含めて課税しうる。この二重の課税権行使をどう調整するかが、国際課税制度の中核的な課題となる。
二重課税の排除 — 外国税額控除と租税条約
二重課税を排除する代表的な手段が外国税額控除(foreign tax credit)である。日本を含む多くのOECD加盟国は、居住者・居住法人が海外で納付した所得税を、その海外所得に対応する日本の税額の範囲内で日本の税額から控除することを認めている。控除限度額の具体的な計算式や上限は毎年度の税制改正で見直されるため、実務上は国税庁の最新の取扱いを都度確認する必要がある。
租税条約(tax treaty / DTA)はもう一つの主要な調整手段であり、二国間で課税権の配分を取り決める。租税条約は一般に、配当・利子・使用料といった投資性所得に対する源泉徴収税率を国内法の税率よりも軽減し、恒久的施設(後述)の該当基準を明確化し、両国税務当局間の紛争を解決する相互協議手続き(MAP)を規定する。日本は主要な貿易・投資相手国との間に広範な租税条約ネットワークを有しており、条約の具体的な本数や締結国リストは年々更新されるため国税庁・財務省の公表資料で確認するのが確実である。租税条約のひな形としてはOECDモデル租税条約と国連モデル租税条約の二つが並立し、前者は資本輸出国(先進国)の立場から居住地国課税を相対的に重視し、後者は資本輸入国(途上国)の立場から源泉地国の課税権をより広く認める傾向がある。
移転価格税制と独立企業原則
移転価格税制(transfer pricing)は、関連者間(たとえば日本の親会社と海外子会社)の国際取引価格を、非関連者間で成立するであろう価格——独立企業原則(arm’s length principle)——に基づいて検証する制度である。関連者間取引の価格を意図的に操作すれば、利益を低税率国の関連会社へ付け替えることができてしまうため、各国税務当局はこの原則に基づいて価格の妥当性を検証し、必要に応じて課税所得を再計算する。
OECD/G20 BEPSプロジェクトのAction 13は、移転価格文書化の国際標準として三層構造の文書セット(三点セット)を導入し、日本を含む大半のOECD/G20加盟国がこれを採用している。マスターファイル(Master File)はグループ全体の組織構造・事業概要・無形資産・資金調達方針などを記載し、ローカルファイル(Local File)は現地法人の関連者間取引について詳細な移転価格分析を記載する。国別報告事項(Country-by-Country Report、CbCR)は多国籍企業グループの最終親会社に対し、収益・利益・納税額・従業員数・有形資産を国別に開示させるもので、一定の連結売上高を超えるグループに提出義務が課される。この提出義務の対象となる連結売上高の閾値は税制改正のたびに見直される可能性があるため、具体的な金額基準は国税庁の最新の指針で確認すべきである。日本の移転価格税制は国税庁が執行し、争いが生じた場合は租税条約に基づくMAPへ発展することがある。
日本のCFC税制 — 外国子会社合算税制
外国子会社合算税制(タックスヘイブン対策税制、いわゆるCFC税制)は、日本企業が実体の乏しい低税率国の外国子会社に利益を移転し、日本での課税を回避することを防ぐための制度である。基本的な仕組みは、日本の親会社が支配する外国子会社(特定外国子会社等)の実効税率が一定の基準を下回り、かつその子会社が経済活動基準(非関連者取引基準、実体基準、管理支配基準、事業目的基準など、区分に応じた基準)を満たさない場合に、その子会社の所得を日本の親会社の所得とみなして合算課税する、というものである。合算課税は実際の配当の有無にかかわらず生じる点が実務上の落とし穴となりやすい。
ペーパーカンパニーや事実上の資産運用会社(キャッシュボックス)、租税に関する情報交換に非協力的な国・地域に所在する子会社は、実効税率にかかわらずほぼ自動的に合算課税の対象となる、より厳格な取扱いを受ける。適用対象となる実効税率の具体的な閾値や経済活動基準の細目は、税制改正のたびに見直される規定であり、現行の租税特別措置法および国税庁の解説を確認しないまま数値を断定的に扱うべきではない。制度の骨格——低税率かつ実体の乏しい外国子会社の所得を合算する、という発想——自体は安定しているが、閾値は毎年度の税制改正の対象になりうる点に留意する必要がある。
BEPSプロジェクトの全体像
BEPS(Base Erosion and Profit Shifting、税源浸食と利益移転)は、多国籍企業が経済活動の実体がほとんど、あるいは全くない低税率・無税国へ人為的に利益を移転する租税回避構造に対処するため、OECDとG20が共同で進めたプロジェクトであり、2015年に最終報告書が公表された。全15の行動計画(Action Plan)のうち、実務上とくに参照頻度が高いものとして、Action 1(デジタル経済への対応、後述のPillar Oneの前身にあたる議論)、Action 5(有害な税務プラクティスの規制、パテントボックス税制の実体要件)、Action 6(租税条約の濫用防止、主要目的テストや特典制限条項)、Action 8-10(価値創造の場所と整合させる移転価格税制の見直し)、Action 13(移転価格文書化の三点セット、前述)、Action 15(多数国間協定を通じて既存の二国間租税条約を一括改定する多国間協定、MLI)が挙げられる。BEPSプロジェクトの歴史的経緯や行動計画の構成そのものは、確定した過去の事実として比較的安定した情報である。
OECDの二つの柱 — Pillar OneとPillar Two
BEPSプロジェクトの後継として、OECDは巨大多国籍企業・デジタル企業への課税を再設計する「二つの柱(Two-Pillar Solution)」による国際合意を主導してきた。
Pillar One(第一の柱)は、最大手かつ高収益な多国籍企業グループの超過利益の一部を、実際に物理的拠点(恒久的施設)を持たない市場国にも配分し直す枠組みであり、従来の恒久的施設要件を緩和して市場国の課税権を拡張する狙いを持つ。多数国間条約を通じた実施(Amount A)は度重なる延期に直面しており、批准・発効の進捗状況は流動的である。実務で判断材料とする際は、必ずOECDの最新の公式発表で現状を確認する必要がある。
Pillar Two(第二の柱、いわゆるグローバル・ミニマム課税)は、一定の連結売上高(一般に7億5,000万ユーロ以上)を超える多国籍企業グループを対象に、国ごとの実効税率が15%を下回らないよう最低税率を課す枠組みである。主な実施メカニズムとして、子会社の実効税率が15%に満たない場合に親会社所在国が上乗せ課税を行う所得合算ルール(IIR、Income Inclusion Rule)、IIRが機能しない場合のバックストップとして機能する軽課税支払ルール(UTPR、Undertaxed Payments Rule)、源泉地国自身が上乗せ税を優先的に徴収できる国内ミニマム課税(QDMTT、Qualified Domestic Minimum Top-up Tax)の三つがある。日本は令和5年度税制改正でPillar Two・IIRに対応する「各対象会計年度の国際最低課税額に対する法人税」を導入し、2024年4月1日以後に開始する対象会計年度から適用が始まっている。UTPR・QDMTTに関連する国内法制はその後の税制改正でも継続的に見直されており、適用開始時期・申告期限・対象範囲の詳細は年度ごとの税制改正大綱および国税庁の公表資料で必ず確認すべきである。制度の仕組み(IIR・UTPR・QDMTTの三層構造、15%という目標税率の考え方)はOECDの合意文書に基づき比較的安定して説明できるが、各国での実際の立法・適用状況は毎年変化する領域であり、確定的な事実として扱うことは避けるべきである。
恒久的施設(PE)
恒久的施設(Permanent Establishment、PE)は、源泉地国が外国企業の事業所得に課税する権利を持つかどうかを分ける閾値概念である。PEが存在しない限り、外国企業の事業所得は原則として居住地国でのみ課税される(租税条約が適用される場合はその定めに従う)。日本の国内法および多くの租税条約は伝統的に三種類のPEを区別する。支店PE(fixed place of business、支店・事務所・工場・作業場など固定的な事業の場所)、建設PE(建設・据付工事等のプロジェクトが租税条約で定める一定期間——OECDモデルでは一般に12か月、個別の租税条約や国連モデルではより短い期間、たとえば6か月を採用する例もある——を超える場合)、代理人PE(外国企業のために反復的に契約を締結する権限を有する従属代理人が存在する場合)の三類型である。BEPSプロジェクトのAction 7は、コミッショネア契約や契約の分割といった人為的なPE回避スキームを制限する方向で恒久的施設の定義を見直した。PEの三類型という構造自体は安定した概念だが、具体的な日数基準は個別の租税条約ごとに異なるため、案件ごとに適用される条約の条文を確認する必要がある。
海外展開する日本のスタートアップ・中小企業にとっての実務論点
国際課税の理論的枠組みは、実際に海外展開する日本のスタートアップ・中小企業にとって具体的な実務問題として現れる。第一に、非居住者への使用料・利子・配当その他一定の役務報酬の支払いには日本国内法上の源泉徴収義務が生じる。租税条約の適用を受ければ国内法上の税率より軽減されることが多いが、それには支払前または支払時に「租税条約に関する届出書」を支払者側で提出しておく必要があり、この届出を失念して国内法の税率どおり源泉徴収してしまい、後日還付手続を要する(その間のキャッシュフロー負担が生じる)というのは実務上よくあるつまずきである。
第二に、海外拠点を子会社として設立するか、支店として設置するか、あるいはPE認定を受けない範囲で活動を抑えるかという構造設計上の選択がある。子会社形態は別法人格・別納税義務者となり本社側のPEリスクを遮断できる一方でコンプライアンス負担が増え、支店形態は日本本社のPEとして現地で直接課税される。PE非該当を狙う活動設計は柔軟だが、実質判断の際に否認されるリスクを抱えるため、契約書・実際の業務実態の両面で慎重な文書化が求められる。
第三に、低税率国に持株会社・知的財産保有会社を置くクロスボーダーSaaSやIP保有型のグループ構造は、外国子会社合算税制の適用対象になりやすく、現金の本国還流がなくても日本側で合算課税が生じうる点は、租税条約の仕組みよりも創業者を驚かせることが多い論点である。第四に、移転価格税制上の独立企業原則は、たとえば日本本社が海外子会社にエンジニアリング・管理サービスの対価を請求する(あるいはその逆の)小規模なグループ内取引にも技術的には及ぶ。実務上の執行の強度は企業規模に応じて変わる傾向があるが、規模が小さいからといって適用対象外になるわけではない。国際展開を計画する段階から、専門家との連携により税務ストラクチャーを設計しておくことが、後年のコンプライアンスコストと不意打ちのリスクを大きく左右する。
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