信用創造 — 融資が預金を創るメカニズムと内生的貨幣供給論
銀行融資が新たな預金を同時に生む単一銀行のバランスシート機構を軸に、外生的貨幣供給(貨幣乗数)論と内生的貨幣供給論の対立をBOE2014論文・Werner2014実証研究・Mooreのホリゾンタリズムから整理し、信用創造の制約要因、ミンスキーの金融不安定性仮説、日本のQQE期の乖離を扱う。
article finance ja 銀行融資が新たな預金を同時に生む単一銀行のバランスシート機構を軸に、外生的貨幣供給(貨幣乗数)論と内生的貨幣供給論の対立をBOE2014論文・Werner2014実証研究・Mooreのホリゾンタリズムから整理し、信用創造の制約要因、ミンスキーの金融不安定性仮説、日本のQQE期の乖離を扱う。信用創造 — 融資が預金を創るメカニズムと内生的貨幣供給論
信用創造(credit creation)とは、銀行が融資を実行するその瞬間に借り手の口座へ新たな預金を記帳し、資産(貸出金)と負債(預金)を同時かつ対称的に膨張させるバランスシート上の操作そのものを指す。この操作は事前に積み上がった準備預金や他の預金者からの資金を必要としない。準備預金が意味を持つのは融資実行の「後」——その新規預金が他行へ振り込まれた際の銀行間決済の場面においてであり、しかも現代の「潤沢な準備(ample reserves)」型の中央銀行制度のもとでは、中央銀行は準備を事前に配給するのではなく事後的に弾力的に供給する。この一点を巡って、中央銀行が準備・マネタリーベースの量を制御し銀行がそれを乗数的に又貸しするという外生的貨幣供給論(貨幣乗数モデル)と、銀行融資が需要主導で貨幣そのものを創造し準備は事後的に受動的に供給されるという内生的貨幣供給論とが対立してきた。本稿は、この対立の理論的中身と、信用創造を実際に制約する要因、信用循環の景気変動的な含意、そして日本の量的・質的金融緩和(QQE)が示した含意を扱う。マネーストック・マネタリーベースという指標の定義とその乖離の実証データは fin-21(通貨供給量の指標)が、預金取扱機関という制度そのもののタキソノミー・満期変換・自己資本規制は fin-32(預金取扱機関)が扱っており、本稿はその両者が共有する「信用創造」という機能の理論的核心を掘り下げる。
単一銀行における融資実行のバランスシート機構
信用創造の機械的な核心は、単一の銀行が融資を実行する瞬間に何が起きるかを見れば理解できる。銀行が企業や家計に対して融資を実行すると、その銀行のバランスシートには二つの記帳が同時に生じる。資産側には借り手に対する貸出金債権(loan receivable)が計上され、負債側には同額の借り手名義の預金(要求払預金)が計上される。この二つの記帳は複式簿記の対称的な拡張であり、バランスシートの両側が同時に、同額だけ膨張する。ここで重要なのは、この操作が銀行の手元に既存の準備預金や他の預金者から集めた資金が「先に」存在することを一切前提としない点である。融資は、あらかじめ存在する資金を又貸しする行為ではなく、貸出という行為そのものが新たな購買力(預金)を無から生み出す行為である。これが「融資が預金を創る(loans create deposits)」という定式化の意味するところである。
準備預金が意味を持つのはこの記帳の「後」の場面に限られる。借り手がその新規預金を使って決済を行い、資金が別の銀行へ振り込まれると、当該銀行は中央銀行当座預金(準備)を通じてその振込先銀行と決済する必要が生じる。つまり準備は融資実行の前提条件ではなく、融資実行後の銀行間精算の手段として機能する。さらに、現代の多くの中央銀行が採用する「潤沢な準備(ample reserves)」型の運営枠組みのもとでは、中央銀行は準備の量を事前に制限して銀行の貸出行動を抑制するのではなく、政策金利を目標水準に維持するために必要な準備を市場の需要に応じて事後的・弾力的に供給する。したがって、個々の銀行が融資を実行する意思決定の場面において、準備の不足が貸出を機械的に妨げる制約として機能することは基本的にない。
二つの理論的枠組み — 外生的貨幣供給論と内生的貨幣供給論
信用創造の帰結としてマネーストックがどう決まるかについて、経済学には長らく対立する二つの見方が併存してきた。
**外生的貨幣供給論/貨幣乗数モデル(教科書的・マネタリスト的見方)**は、中央銀行がマネタリーベース(準備預金の量)を外生的に決定し、銀行がその余剰準備を反復的に貸し出すことで、当初のベースを乗数倍したマネーストックが生み出されると説明する。この見方とその乗数式の具体的な導出は fin-21(通貨供給量の指標)がすでに扱っており、ここでは繰り返さない。本稿の関心は、この見方と対をなす、もう一つの理論的立場にある。
内生的貨幣供給論(endogenous money)——現在では主要な中央銀行の公式見解として広く受け入れられている立場——は、信用創造を需要主導のプロセスとして描く。銀行は信用力のある借り手からの融資需要に応じて貸出を実行し、それによって生じる預金・準備の必要量を中央銀行が事後的に受動的に供給する、という因果の向きを想定する。この立場を最も権威的に述べた現代の中央銀行文書が、イングランド銀行(Bank of England)が2014年第1四半期の季刊報告書に掲載したマクロード・ラディア・トーマス(McLeay, Radia and Thomas)の論文「Money creation in the modern economy」である。同論文は、市中銀行が融資を実行する瞬間に「無から(out of thin air)」貨幣を創造すると明言し、準備が現代の政策運営において貸出を規定する乗数的な基盤としては機能しないことを、中央銀行自身の言葉で明確化した点で画期的であった。
この内生的貨幣供給論を実証面から補強したのが、リヒャルト・ヴェルナー(Richard Werner)が2014年に International Review of Financial Analysis 誌(Vol. 36, pp. 1–19)に発表した論文「Can banks individually create money out of nothing? — The theories and the empirical evidence」である。ヴェルナーは実際に一行の銀行から融資を受け、その融資実行の瞬間に銀行のバランスシート上でどのような記帳が生じるかを直接観察するという実証実験を設計した。その結果は、銀行が既存の預金者資金を仲介するだけとする金融仲介論(financial intermediation view)や、準備の反復貸出を想定する部分準備・乗数論(fractional-reserve view)のいずれとも整合せず、融資実行そのものが新たな預金=貨幣を創造するという信用創造論(credit creation view)を支持する結果であったと結論づけている。
三つ目の系譜が、バジル・ムーア(Basil Moore)の著書『Horizontalists and Verticalists: The Macroeconomics of Credit Money』(Cambridge University Press, 1988)に代表されるポストケインズ派の「ホリゾンタリズム(horizontalism)」である。ムーアは、中央銀行が制御するのは信用貨幣の「量」ではなく「価格」——すなわち政策金利——であり、中央銀行はその政策金利水準を維持するために必要な準備を水平的(horizontal)に、いわば受動的に供給するにすぎないと論じる。これに対し、中央銀行が貨幣供給の「量」を垂直的(vertical)に外生的に制御できるとする立場を「垂直主義(verticalism)」と呼び、両者を対比させることで内生的貨幣供給論を金利操作というオペレーション面から基礎づけた。
これら三つの文献に共通するのは、貨幣乗数モデルを完全に誤りとして退けるのではなく、それを「事後的に観察される比率の記述」に格下げし、中央銀行がベースマネーの量を操作することでマネーストックを機械的にコントロールできるという因果関係を否定する点にある。今日、イングランド銀行をはじめとする G7 各国の中央銀行の多くは、この内生的貨幣供給論を実務上の前提として受け入れており、貨幣乗数モデルは主に初学者向けの簡略化された教育的な教具として命脈を保っている。
信用創造を実際に制約する要因
準備の量が信用創造の主たる制約でないとすれば、何が銀行の貸出行動を実際に規定するのか。第一の制約は自己資本比率規制である。バーゼル規制に基づくリスクアセット対比の自己資本比率規制は、銀行が新規融資を実行するたびにリスクアセットを積み増し自己資本を消費することを意味し、自己資本の水準が実質的な貸出余力の上限を画す。この規制の具体的な数値基準(日本の国際統一基準行8%・国内基準行4%等)は fin-32(預金取扱機関)がすでに扱っている。第二に、銀行自身のリスク選好と、想定される融資の期待収益性——貸倒れリスクに見合った利鞘が確保できるかという銀行自身の内部的な与信判断——が貸出の可否を左右する。第三に、信用力のある借り手が実際に資金需要を持っているかという要因、すなわち信用需要(credit demand)そのものの厚みが制約となる。銀行がいくら貸したくても、信用力のある借り手からの需要が乏しければ信用創造は起こらない。第四に流動性規制がある。銀行は資金繰りの安定性を確保するための流動性規制の対象となるが、その具体的な現行の数値水準については本稿では立ち入らず、fin-32 が採る「規制は存在し年々拡充されてきたが具体的な現行水準は一次資料で確認すべきである」という扱いに準ずる。総じて、中央銀行が信用創造に及ぼす主たる影響経路は、準備の量を配給することによってではなく、政策金利という「信用の価格」を通じてであるという理解が、前節の内生的貨幣供給論と整合的である。
QE と準備 — 量的緩和はなぜ貸出を機械的に増やさないか
量的緩和(QE)による大規模な準備注入の詳しいメカニズムは fin-21 および別稿の非伝統的金融政策に関する記事がすでに扱っているため、本稿ではその含意を一点に絞って述べる。前節までの議論が示す通り、準備はそもそも銀行の貸出行動を制約する主たる要因ではなかった。したがって中央銀行が QE によって準備を大量に注入しても、それだけで銀行の貸出が機械的に増えるわけではない。貸出を規定するのは自己資本の余力と信用需要の厚みであり、準備の潤沢さそのものではないからである。この点は次節の日本の経験を理解する鍵になる。
信用循環の景気変動的側面 — ミンスキーの金融不安定性仮説
信用創造には、単なる会計上の機構にとどまらない景気循環的な性質がある。ハイマン・ミンスキー(Hyman Minsky)の金融不安定性仮説(Financial Instability Hypothesis; Minsky, “The Financial Instability Hypothesis,” Levy Economics Institute Working Paper No. 74, 1992; 著書 Stabilizing an Unstable Economy, 1986)は、銀行の信用創造が本質的に順循環的(procyclical)であると説く。好況期には資産価格の上昇が担保価値を押し上げ、それがさらなる信用拡大を正当化するという自己強化的な循環が生じ、借り手・貸し手双方の行動は徐々にリスク許容的になっていく。ミンスキーはこの過程を、元利ともにキャッシュフローで賄える「ヘッジ金融(hedge finance)」、元本の借り換えを要する「投機的金融(speculative finance)」、資産価格の値上がりに依存し利払いすら賄えない「ポンジ金融(Ponzi finance)」という三段階の分類(taxonomy)で整理した。信用が拡大する局面ではポンジ金融的な主体の比重が増していき、何らかの契機で信用が収縮に転じると、担保価値の下落と与信の引き締めが相互に増幅しあう「ミンスキー・モーメント(Minsky moment)」と呼ばれる急激な調整が生じる。信用創造が需要主導・受動的供給という内生的な性質を持つことは、この順循環性——好況期に信用が自己強化的に膨張し、後退期に急激に収縮するという非対称な挙動——の理論的な土台の一つをなす。
日本の文脈 — QQE 期の準備膨張と信用需要の乖離
日本銀行が2013年に開始した量的・質的金融緩和(QQE)は、内生的貨幣供給論の含意を実地で示した事例としてしばしば参照される。QQE のもとで日銀当座預金(準備)は急激かつ大規模に膨張したが、銀行の貸出残高やマネーストックの伸びはそれに比例して拡大しなかった。この乖離の標準的な説明は、準備の希少性ではなく、総需要としての信用需要が弱かったことに求められる。デフレ期待のもとでの企業のリスク回避的な行動、1990年代のバランスシート不況以来続いてきた企業部門の負債圧縮・手元資金積み増し(デレバレッジ)といった要因が、信用力のある借り手からの旺盛な資金需要そのものを抑制していた。この経験は、前節までの内生的貨幣供給論——信用創造を規定するのは準備の量ではなく信用需要と自己資本の余力である——という理解と整合的である。なお、日本銀行がマイナス金利や YCC を運営する過程で公にした政策論の一部には、利下げが行き過ぎると銀行の収益性を損ない、かえって金融仲介機能・信用供給を萎縮させるという「リバーサル・レート(reversal rate)」——マーカス・ブルネルマイヤー(Markus Brunnermeier)に関連づけられる概念——への懸念も含まれていたが、この点は本稿の主題である信用創造の需要主導性という論点と接続するにとどめ、QQE 自体の政策運営の詳細には立ち入らない。
まとめ
信用創造とは、銀行が融資を実行する瞬間に資産(貸出金)と負債(預金)を対称的に膨張させるバランスシート上の操作であり、事前の準備や預金の存在を前提としない。この単純な機構を巡り、中央銀行が準備の量を外生的に制御し銀行がそれを乗数的に又貸しするとする外生的貨幣供給論(貨幣乗数モデル)と、信用創造は需要主導で生じ準備は事後的に受動的に供給されるとする内生的貨幣供給論とが対立してきた。イングランド銀行の2014年論文、ヴェルナーの実証研究、ムーアのホリゾンタリズムはいずれも後者を支持し、現在では多くの中央銀行の実務上の前提となっている。この見方のもとでは、信用創造を実際に制約するのは準備の量ではなく、自己資本の余力・銀行自身のリスク選好と期待収益性・信用需要の厚み・流動性規制であり、中央銀行は主に政策金利という価格を通じて信用創造に影響を及ぼす。信用創造はまたミンスキーが指摘した順循環的な性質を持ち、好況期の信用拡大は資産価格上昇と自己強化的に結びつき、ミンスキー・モーメントと呼ばれる急激な収縮の可能性を内包する。日本の QQE 期に観察された準備の急膨張とマネーストック・貸出の緩やかな伸びとの乖離は、信用創造が準備制約ではなく需要制約に規定されるという内生的貨幣供給論の含意を裏づける実例として位置づけられる。
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