Magi KB コーポレートガバナンス — 所有と経営の分離、取締役会構造、コード規律とESGとの接続

コーポレートガバナンス — 所有と経営の分離、取締役会構造、コード規律とESGとの接続

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Created: 2026-07-09 Updated:

コーポレートガバナンスを所有と経営の分離が生むエージェンシー問題から説き起こし、日本の会社法が定める三つの取締役会構造、コーポレートガバナンス・コードとスチュワードシップ・コードの規律、機関投資家のエンゲージメント、買収防衛策と株主アクティビズム、ESGとの接続までを整理する。

コーポレートガバナンス — 所有と経営の分離、取締役会構造、コード規律とESGとの接続

コーポレートガバナンス(corporate governance)とは、株式会社という制度において、株主から経営を委託された取締役・経営者が、株主をはじめとする利害関係者の利益に沿って適切に企業を統治する仕組み全体を指す。出発点にあるのは、所有者である株主と経営を担う経営者が分離することで生じるエージェンシー問題である。本稿では、この理論的基礎から、日本の会社法が定める三つの取締役会構造、コーポレートガバナンス・コードとスチュワードシップ・コードによるソフトロー規律、機関投資家のエンゲージメント、買収防衛策と株主アクティビズム、そして ESG の “G” としての接続までを整理する。

エージェンシー問題と所有と経営の分離

この問題の出発点は、アドルフ・バーリとガーディナー・ミーンズが 1932 年の著書 The Modern Corporation and Private Property で指摘した「所有と経営の分離(separation of ownership and control)」である。株式会社が大規模化し株式が広く分散して保有されるようになると、個々の株主は経営を直接コントロールする力を失い、経営の実質的な支配権は専門経営者の手に移る。

これを理論的に定式化したのが、マイケル・ジェンセンとウィリアム・メックリングが 1976 年の論文 “Theory of the Firm: Managerial Behavior, Agency Costs and Ownership Structure”(Journal of Financial Economics)で示したプリンシパル・エージェント理論(principal-agent theory)である。株主(プリンシパル)は経営者(エージェント)に企業運営を委託するが、両者の利害は完全には一致しない。経営者は自らの地位保全・報酬極大化・権限拡大(帝国建設)を優先し、株主価値の最大化からは乖離した意思決定を行う誘因を持ちうる。この乖離をエージェンシー問題(agency problem)と呼び、これを監視・是正するために生じる費用の総体をエージェンシーコスト(agency cost)と呼ぶ。エージェンシーコストは、株主による監視費用(モニタリングコスト)、経営者が自らの誠実さを保証するために負担するボンディングコスト、両者を尽くしてもなお残る残余損失の三つに分解される。

コーポレートガバナンスの制度設計 — 取締役会構造・社外取締役・監査機能・報酬制度・企業支配権市場・機関投資家の監視 — は、いずれもこのエージェンシー問題を緩和するための装置として理解できる。

取締役会の構造 — 会社法が定める三つの機関設計

日本の会社法は、上場企業を含む大規模な株式会社(公開会社かつ大会社)が採用できる機関設計として、大きく三つの類型を用意している。いずれも取締役会を設置する点は共通するが、経営の監視機能をどこに置くかが異なる。

第一が、伝統的に最も多くの上場企業が採用してきた 監査役会設置会社(company with a board of statutory auditors) である。取締役会とは別に監査役会を置き、独任制の監査役(会社法上、取締役の職務執行を監査する独立した機関)が業務監査・会計監査を担う。監査役は取締役会に出席し意見を述べる権限を持つが、取締役会の構成員ではなく議決権も持たない。監査役会型は日本独自の制度であり、取締役会による業務執行の決定と監査役会による事後的な監査というレイヤーを分離する点に特徴がある。

第二が、2003 年の商法改正(現行会社法に承継)で導入された 指名委員会等設置会社(company with nominating committee) である。米国型のガバナンス構造を範に、取締役会の中に指名委員会・監査委員会・報酬委員会という三つの委員会を置き(いわゆる三委員会制度)、各委員会の過半数を社外取締役で構成することを義務づける。指名委員会は取締役選任議案の内容を、報酬委員会は取締役・執行役の個人別報酬を、監査委員会は業務監査をそれぞれ決定する権限を持つ。業務執行は取締役会から大幅な権限委譲を受けた執行役が担い、取締役会自体は監督機能に特化する設計である。制度導入から長期にわたり採用企業数は限定的だったが、社外取締役主導のガバナンスを志向する企業を中心に採用が続いている。

第三が、2014 年の会社法改正で新設された 監査等委員会設置会社(company with audit and supervisory committee) である。監査役会を置かず、取締役会の中に過半数を社外取締役で構成する監査等委員会を設置し、この委員会が監査役会に相当する監査機能を担う。指名委員会等設置会社と異なり指名委員会・報酬委員会の設置は義務づけられず、監査役会設置会社より社外取締役の関与を強めつつ移行コストを抑えられる中間的な制度として、導入以降急速に採用企業数を伸ばしてきた。

いずれの機関設計を採用する場合も、コーポレートガバナンス・コードは独立した立場から経営を監督する 社外取締役(outside director / independent director) の選任を強く求めており、東京証券取引所プライム市場上場企業の大多数が取締役会の 3 分の 1 以上、企業によっては過半数を社外取締役とする体制を敷くまでに至っている。

コーポレートガバナンス・コードとスチュワードシップ・コード

機関設計という「ハコ」の整備と並行して、日本のコーポレートガバナンス改革を実質的に推進してきたのが、ソフトローとしての二つのコードである。金融庁が 2014 年に策定した 日本版スチュワードシップ・コード(Japan’s Stewardship Code) は、年金基金・投資信託・生命保険会社などの機関投資家に対し、投資先企業との建設的な対話を通じて中長期的な企業価値向上を促す責任(スチュワードシップ責任)を果たすことを求める。東京証券取引所と金融庁が 2015 年に策定した コーポレートガバナンス・コード(Corporate Governance Code) は、上場企業に対し、株主の権利・平等性の確保、株主以外のステークホルダーとの適切な協働、適切な情報開示、取締役会等の責務、株主との対話という 5 つの基本原則のもとで実効的なガバナンス体制を求める。

両者は「車の両輪」としてしばしば説明される。スチュワードシップ・コードが投資家側にエンゲージメントの責任を課し、ガバナンス・コードが企業側に対話に応じ規律ある経営を行う体制を求めることで、資本市場を通じた規律付けの好循環を生み出す設計になっている。

両コードに共通する規律の方法が コンプライ・オア・エクスプレイン(comply or explain) 原則である。上場規則によって一律の義務を課すハードローとは異なり、各原則を実施するか、実施しない場合はその理由を説明するかのいずれかを企業・機関投資家に求める。画一的な規制を避けつつ、開示された「エクスプレイン」の内容を市場が評価することで実質的な規律を働かせる、原則主義(principles-based)の規制手法である。

両コードはいずれも策定後複数回にわたり改訂されている。ガバナンス・コードは 2018 年の改訂で経営陣の報酬決定・後継者計画における取締役会の関与強化、政策保有株式の縮減方針の開示を求める内容が加えられ、2021 年の改訂ではプライム市場上場企業に独立社外取締役を取締役会の 3 分の 1 以上とすることや、指名委員会・報酬委員会に相当する任意の委員会設置、人的資本・多様性に関する開示の充実などを求める内容が追加された。改訂の正確な条文・適用範囲は時事性が高いため、実務での参照には東京証券取引所・金融庁の一次資料の確認が望ましい。

機関投資家のエンゲージメント

スチュワードシップ・コードの中核にある実践が 機関投資家のエンゲージメント(institutional investor engagement) である。単に議決権行使基準に従って賛否を機械的に投じるだけでなく、投資先企業の経営陣・取締役会と対話を重ね、資本配分・事業戦略・ガバナンス体制について認識をすり合わせ、必要に応じて改善を促す一連の活動を指す。国内外の年金基金・資産運用会社は、スチュワードシップ・コードの受け入れを表明した上で、対話の方針・議決権行使結果・エンゲージメント活動の実績を年次で開示することが一般的になっている。

エンゲージメントの実効性を支える情報基盤として、機関投資家は議決権行使助言会社(proxy advisory firm、代表例として ISS や Glass Lewis)の推奨を参考にしつつ、独自の議決権行使基準に基づいて判断を下す。政策保有株式(持ち合い株式)を保有する企業に対しては保有の経済合理性の説明を、資本効率の低い企業に対しては資本コストを意識した経営を、それぞれ対話や議決権行使を通じて求める動きが強まっている。東京証券取引所が 2023 年以降、PBR(株価純資産倍率)が継続的に 1 倍を下回る上場企業に資本コストや株価を意識した経営の開示・実践を要請する取り組みを進めているという論調も広く見られ、この文脈でも機関投資家のエンゲージメントが推進力として位置づけられている。詳細は時事性が高く、必要な場合は東証の一次資料での確認が望ましい。

買収防衛策と株主アクティビズム

経営を監視するもう一つの外部規律が、企業支配権市場(market for corporate control)を通じた規律である。経営効率の低い企業は株価が割安となり、買収によって経営陣を入れ替えることで企業価値を引き上げる機会が生まれるため、買収の脅威それ自体が経営陣に規律を課すと考えられている(Henry Manne が 1965 年の論文で提示した企業支配権市場論に遡る発想)。

これに対し経営陣が防衛的に導入するのが 買収防衛策(takeover defense measures) である。代表例が ポイズンピル(poison pill) であり、正式には事前警告型・信託型など複数の設計がある新株予約権無償割当を指す。特定株主の持株比率が一定の閾値を超えた場合に既存株主へ新株予約権を無償で割り当て、買収者の持株比率を希薄化させる仕組みである。日本では 2005 年前後に企業価値研究会・経済産業省の指針を踏まえた導入が相次いだが、株主総会や独立委員会の関与を欠く防衛策は裁判所に差止められる事例もあり(ニッポン放送事件・ブルドックソース事件が実務上しばしば参照される)、株主意思の確認や独立性の高い判断プロセスを組み込んだ設計が求められるようになった。近年は防衛策を廃止する企業が増加傾向にあるとされるが、件数統計は一次資料の確認が望ましい。

買収の脅威と表裏一体にあるのが 株主アクティビズム(shareholder activism) である。物言う株主(アクティビストファンド)が一定の株式を取得したうえで、増配・自社株買い・資産売却・非中核事業の切り出し・取締役選任などを経営陣に要求し、応じない場合は株主提案や委任状争奪戦(プロキシーファイト)に訴える。日本では 2000 年代前半のスティール・パートナーズ等の事例を経て、2010 年代後半以降、内部留保の厚い企業や資本効率の低い企業を標的とするアクティビストの活動が拡大してきたとされる。買収防衛策の縮小・株式持ち合いの解消・独立社外取締役の増加は、いずれもアクティビストが取締役会の支持を得やすい環境を後押ししてきた側面がある。

ESG との接続 — ガバナンスが支える “G” の役割

コーポレートガバナンスは、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)の三要素で構成される ESG というフレームワークの “G” に直接対応する。もっとも、ガバナンスは単に ESG の一要素というだけでなく、環境・社会に関する取り組みの実効性そのものを規定する土台としての性格を持つ。気候変動対応や人権デューデリジェンスといった E・S の取り組みが実際に経営に組み込まれ実行されるかどうかは、取締役会が気候関連リスクを監督する体制を持つか、サステナビリティに関する KPI を役員報酬に連動させているか、といったガバナンスの実効性に依存する。

この関係は国際的な開示枠組みにも反映されている。TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の提言は、ガバナンス・戦略・リスク管理・指標と目標という 4 本柱の筆頭に「ガバナンス」を置き、気候関連リスクを取締役会がどう監督しているかの開示を求める。TCFD の枠組みを継承した ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)の基準や日本の SSBJ(サステナビリティ基準委員会)の基準においても同様の構造が採用されている。ESG 投資を行う機関投資家にとって、ガバナンス評価は E・S の情報開示の信頼性を判断する手がかりとしても機能し、ガバナンススコアの低い企業は E・S でどれほど優れた取り組みを掲げても評価が割り引かれる傾向があるとされる。

総括 — 内部統制・ソフトロー・市場規律の重層構造

コーポレートガバナンスは、所有と経営の分離が生むエージェンシー問題を出発点に、取締役会構造・社外取締役・監査機能といった内部統制の仕組みと、コーポレートガバナンス・コード / スチュワードシップ・コードによるソフトロー規律、機関投資家のエンゲージメントや企業支配権市場を通じた外部規律という複数のレイヤーが重なり合って機能する制度体系である。日本では 2015 年のガバナンス・コード導入以降、監査等委員会設置会社への移行や社外取締役の増加、株式持ち合いの縮減が急速に進み、株主アクティビズムの活動範囲も広がってきた。同時に、ガバナンスの実効性は ESG の他の二要素の信頼性を支える基盤でもあり、資本市場からの評価軸としてますます統合的に扱われる方向にある。confidence: medium は情報カットオフ 2026-01 で固定(2026-07 時点での外部再検証は未実施)。個別の改訂条文・件数統計・時事的な制度運用の詳細は一次資料の確認を推奨する。

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