資本主義の多様性論 — LME・CME と比較政治経済学の制度分析

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Created: 2026-06-20 Updated:

資本主義の多様性論(VoC)を制度分析として概観。Hall と Soskice(2001)の企業中心・5 つの調整領域・LME と CME の二類型、制度的補完性と比較制度優位、知的系譜、Amable らの類型拡張、機能主義批判、漸進的制度変化、成長モデル論への転回を扱う。

資本主義の多様性論 — LME・CME と比較政治経済学の制度分析

資本主義の多様性論(Varieties of Capitalism、VoC)は、Peter A. Hall と David Soskice が編んだ『Varieties of Capitalism』(Oxford University Press、2001 年)を出発点とする比較政治経済学の研究プログラムである。先進資本主義はひとつのモデルへ収斂するのではなく、企業が調整問題を解く仕組みの違いから、自由市場経済(LME)と調整市場経済(CME)という持続的に異なる類型へ分岐すると論じる。制度的補完性・比較制度優位を鍵概念とし、のちに Amable の 5 類型、地中海型・従属型・階層型への拡張、機能主義をめぐる批判、漸進的制度変化論、そして成長モデル論への転回を生んだ。本稿は資本主義一般を扱う fin-7 を制度論の側から掘り下げる専論である。

資本主義の多様性論とは — 問いとアクター中心的制度主義

VoC が立てる問いは「先進資本主義はなぜ多様であり続けるのか」である。Hall と Soskice は分析の基本単位を国家でも階級でもなく企業に置く(アクター中心的・関係論的制度主義)。企業は調整問題を関係のなかで解く主体であり、その解き方が国ごとに異なる制度に支えられる。彼らは企業が調整を要する領域を 5 つに整理した——(1)労使関係(賃金・労働条件の交渉)、(2)職業訓練・教育(技能形成)、(3)コーポレートガバナンスと金融(資金調達と投資家の影響)、(4)企業間関係(供給・技術移転・標準化)、(5)企業内の従業員関係(社内の協働と階層)。どの領域でも、市場を通じた調整に頼る国と、非市場的・戦略的調整に頼る国とが分かれる。この企業中心の視点が、国家・政治を中心に据えた先行研究(後述)との分岐点である。

二つの理念型 — 自由市場経済(LME)と調整市場経済(CME)

VoC の中核は二つの理念型の対比にある。自由市場経済(Liberal Market Economy、LME)は、競争市場と階層(価格シグナル・契約・買収による規律)を通じて調整する。労働市場は流動的で雇用保護は弱く、金融は株式市場中心で短期的収益が重視され、技能は転職に備えた一般的・移転可能なものへ傾く。典型例はアメリカ・イギリス・カナダ・オーストラリア・アイルランド・ニュージーランドである。調整市場経済(Coordinated Market Economy、CME)は、関係的契約・業界団体・長期的関係を通じた戦略的調整に頼る。雇用保護は強く、産業別賃金交渉や従業員代表(ドイツの Betriebsrat など)が機能し、金融は銀行中心の忍耐強い資本(patient capital)に支えられ、技能は企業・産業特殊的なものへ傾く。典型例はドイツ・日本・スウェーデン・オーストリア・スイス・オランダなどである。なお fin-7 がこの二類型を資本主義一般の文脈で簡潔に触れるのに対し、本稿は両者を支える制度配置を主題とする。

制度的補完性と比較制度優位

VoC で最も影響力のある理論的主張が制度的補完性である。青木昌彦の比較制度分析(『Toward a Comparative Institutional Analysis』MIT Press、2001 年)に連なるこの概念は、ある制度の存在が別の制度の効用を高めるとき両者は補完的だ、と捉える。たとえば忍耐強い資本(不況期も株式を保有し短期収益を求めない銀行・持ち合い)と、強い雇用保護・産業別交渉は補完的である——忍耐強い資本ゆえ企業は不況でも人を抱え、それゆえ労働者は企業・産業特殊技能へ投資でき、それが生産性を高めて投資を正当化する。だからこそ制度は束(cluster)をなし、異なる類型の制度を混ぜると不安定化しやすい。比較制度優位(comparative institutional advantage)はここから導かれる。LME は流動的労働・リスクに報いる資本・移転可能技能ゆえ急進的イノベーション(バイオ・ICT・金融)に、CME は忍耐強い資本・安定雇用・特殊技能ゆえ漸進的イノベーション(工作機械・特殊化学・高級車)に優位を持つ。技能形成では一般技能と特殊技能の区別が鍵で、特殊技能への投資は長期雇用と失業保険による保障を要する。ここから CME へ LME 型の規制緩和を迫れば、その比較優位をかえって壊す、という政策含意が出る。

知的系譜 — 「資本主義モデル」論の系譜

VoC は突然現れたのではなく、「資本主義のモデル」を論じる系譜の上に立つ。Andrew Shonfield の『Modern Capitalism: The Changing Balance of Public and Private Power』(Oxford University Press、1965 年)は、戦後の国家・産業・金融の関係を比較した先駆で、フランスのディリジスム、ドイツのオルド自由主義、英米の差異を描いた。Michel Albert の『Capitalisme contre capitalisme』(Seuil、1991 年。英訳『Capitalism vs. Capitalism』1993 年)は、短期・株主主導の「ネオアメリカ型」と、長期・利害関係者主導の「ライン型」を対比し、多様性の観念を広く普及させた。Ronald Dore は日本研究を通じ、株主資本主義と福祉(利害関係者)資本主義を対比した(『Stock Market Capitalism, Welfare Capitalism: Japan and Germany versus the Anglo-Saxons』Oxford University Press、2000 年)。Richard Whitley の「国民的ビジネスシステム」論(『Divergent Capitalisms: The Social Structuring and Change of Business Systems』Oxford University Press、1999 年)は、より社会学的・部門的な変異に注意を払う。フランスのレギュラシオン学派(Michel Aglietta『A Theory of Capitalist Regulation』仏 1976 / 英訳 1979 年、および Robert Boyer)は、蓄積体制を安定させる「調整様式」をよりマクロな水準で論じ、マルクス主義的政治経済学に根を持つ。fin-4(マルクス経済学)はこの系譜の批判的源流のひとつである。

類型の拡張 — Amable の 5 モデル・地中海型・従属型・階層型

二分法は粗いという批判から、より細かい類型が提案された。Bruno Amable は『The Diversity of Modern Capitalism』(Oxford University Press、2003 年)で、制度データのクラスター分析から 5 モデルを示した——市場ベース型(英米加豪)、社会民主主義型(北欧)、大陸欧州型(独墺瑞蘭白)、地中海型(仏伊西希葡)、アジア型(日韓)。これは LME/CME の二分が北欧と大陸欧州、あるいはアジアの差異を取り逃がす点を補う。地中海型(混合市場経済、Mixed Market Economy、MME)は、国家が支配的に調整し、労働市場が内部者・外部者へ二重化し、企業調整が市場でも団体でもなく国家経路で起こる類型を指す。Bob Hancké、Martin Rhodes、Mark Thatcher 編『Beyond Varieties of Capitalism』(Oxford University Press、2007 年)はこの「地中海問題」と南欧・旧共産圏への拡張を扱う。従属市場経済(Dependent Market Economy、DME)は、Andreas Nölke と Arjan Vliegenthart(“Enlarging the Varieties of Capitalism”, World Politics 61(4)、2009 年)が中東欧(チェコ・スロバキア・ハンガリー・ポーランド)に見いだした類型で、西側多国籍企業の直接投資と子会社生産を主要な調整機構とする。階層市場経済(Hierarchical Market Economy、HME)は、Ben Ross Schneider(『Hierarchical Capitalism in Latin America』Cambridge University Press、2013 年)がラテンアメリカに提示した類型で、多角化した企業グループと分断された労働市場、低技能均衡を特徴とする。

VoC への批判 — 機能主義・国家と政治の軽視・静態的均衡

VoC には根強い批判がある。第一は機能主義批判である。制度がその起源や政治的対立ではなく「システム維持の機能」によって説明されており、補完性ゆえ均衡が自己再生産するため変化を説明しにくい、という方法論上の難点が指摘される。第二は国家と政治の軽視である。企業中心の設計ゆえ、CME を生み出し維持する国家の役割、雇用主と労働者がなぜ協調するのかという権力・階級の問い、政党と選挙政治の効果が過小評価されがちだという。これに対しては Iversen と Soskice 自身が後の研究(『Democracy and Prosperity』Princeton University Press、2019 年)で政治の側面を補い、また権力資源論などの対抗的説明も存在する。第三は静態的均衡への偏りで、補完性がロックインを生むなら多様性はどう変化するのか、という疑問が制度変化論を促した。そして第四が「フランス問題」である。フランスは国家主導の調整伝統(ディリジスム)、二重化した労働市場、エリート技術官僚を生むグランゼコールを持ち、LME にも CME にも収まらない。Hall と Soskice がこれを CME に分類したことは多くの論者を納得させず、MME 類型の主要な動機となった。これらは決着済みの事実ではなく、なお続く論争として捉えるのが正確である。

制度変化論と収斂/発散 — 漸進的変化と自由主義化

補完性がロックインを生むなら、なぜ資本主義は変わるのか。この問いに答えたのが Wolfgang Streeck と Kathleen Thelen 編『Beyond Continuity: Institutional Change in Advanced Political Economies』(Oxford University Press、2005 年)である。同書序章は漸進的(連続性を保ちながらの)制度変化を 5 様式に整理した——置換(displacement、既存ルールを新ルールが置き換える)、積層(layering、既存の上に新ルールを重ねて論理を徐々にずらす)、漂流(drift、ルールは不変でも環境変化と不作為で効果が変質する)、転用(conversion、ルールを保ったまま運用目的を転じる)、枯渇(exhaustion、制度がしだいに機能を失う)。James Mahoney と Kathleen Thelen(『Explaining Institutional Change』Cambridge University Press、2010 年)はこれを政治的連合に注目して精緻化・再編した。Streeck は『Re-Forming Capitalism』(Oxford University Press、2009 年)でドイツを事例に、協調的賃金交渉の侵食・低賃金部門の拡大・株主価値規範の浸透という CME の「自由主義化」を実証し、CME 安定説への経験的挑戦を示した。日本でも主銀行制の弱化・持ち合い解消・終身雇用の周縁的崩れが論じられる。収斂か発散かの論争では、多くの論者が完全な収斂ではなく「ハイブリッド化」(一部領域で自由化しつつ核心制度を保つ)を見いだす一方、Streeck はそれを緩慢な侵食と読む。ここも開かれた論争である。

成長モデル論への転回と福祉国家類型との接続

2016 年以降、VoC の供給側偏重を超えようとする「成長モデル論」が台頭した。Lucio Baccaro と Jonas Pontusson の “Rethinking Comparative Political Economy: The Growth Model Perspective”(Politics & Society 44(2)、2016 年、pp. 175–207)がその起点とされる。彼らは、VoC が「なぜ国ごとに生産が違うか」(制度的比較優位)は説くが「需要がどう生まれ分配されるか」を説かない、と批判する。代わりに各国を需要レジーム=成長モデルで特徴づける——輸出主導型(ドイツ・日本・オランダ。賃金抑制と単位労働コストの競争力で経常黒字を成長源とする)と、消費/債務主導型(米英。家計債務と資産価格上昇に支えられた国内消費を成長源とする)である。理論的基礎はカレツキ派・ポストケインズ派マクロにあり、所得の機能的分配(利潤分配率と賃金分配率)が有効需要を左右すると見る。この転回は VoC を福祉国家研究とも接続する。Gøsta Esping-Andersen『The Three Worlds of Welfare Capitalism』(Polity Press、1990 年)の福祉レジーム 3 類型(自由主義/保守主義/社会民主主義)は、VoC の LME が自由主義レジームに重なり、CME が保守主義型と社会民主主義型にまたがるという形で対応する。脱商品化を軸とする福祉国家論と、制度的補完性を軸とする VoC は、補完的だが同一ではない枠組みとして、なお対話を続けている。本稿は確立された文献に基づく総合であり、confidence: medium は情報カットオフ ~2025-08 で固定(一部の書誌詳細の独立再検証は 2026-06 時点で未実施)。

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