Diem / Libra(Meta の頓挫したステーブルコイン)

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Created: 2026-06-04 Updated:

Meta(旧 Facebook)が 2019 年に発表したグローバル決済用ステーブルコイン構想。規制当局の猛反発と連合企業の相次ぐ離脱で縮小を余儀なくされ、2022 年に清算。技術遺産の Move 言語は Aptos・Sui に引き継がれた。

Diem / Libra(Meta の頓挫したステーブルコイン)

Facebook(後の Meta)が 2019 年に発表した Libra は、複数法定通貨バスケットを担保とするグローバル決済用ステーブルコインの構想だった。独自言語 Move と Libra Association という多企業連合を擁し、数十億人規模の金融包摂を謳ったが、各国規制当局の猛反発と連合企業の相次ぐ離脱により構想は縮小を強いられ、改称後の Diem として 2022 年に清算された。ネットワークは一度もローンチしなかったが、Move 言語と元チームは Aptos(tech-160)および Sui(tech-159)に引き継がれ、L1 ブロックチェーン技術の重要な源流となっている。情報カットオフ ~2025-08、confidence: medium 固定(2026-06 時点での外部再検証は未実施)。

構想:グローバルステーブルコインの野望

2019 年 6 月 18 日、Facebook は Libra ホワイトペーパーを公開した。Libra の設計は当時の主要ステーブルコインとは一線を画すものだった。USDT のような単一法定通貨ペグではなく、USD・EUR・GBP・JPY など複数の法定通貨と短期国債のバスケットを担保とし、法定通貨の価値変動を平準化しながら安定性を保つ設計だった。

運営主体は Libra Association と称するスイス・ジュネーブ拠点の非営利連合で、当初は Visa・Mastercard・PayPal・Stripe・eBay・Uber・Lyft・Spotify など 28 社が名を連ねた。Facebook 自身のウォレットは Calibra と名付けられ(後に Novi に改称)、WhatsApp や Messenger への統合が計画された。

技術的な目玉は専用のスマートコントラクト言語 Move だった。Move はリソースの二重使用を型システムで防ぐ「リソース指向プログラミング」を採用し、金融資産のような高価値トークンを安全に扱うことを設計目標としていた。ブロックチェーン自体は当初パーミッション型で運用し、段階的にパーミッションレスへ移行する構想だった。

Libra Association と参加企業

Libra Association は Facebook を含む設立メンバーが等しく 1 票を持つ水平的なガバナンス構造を採用した。各メンバーは最低 1,000 万ドルの資本参加と検証ノードの運用を担う予定だった。この構造は「Facebook の通貨」という批判を避けるための工夫でもあったが、後に裏目に出る。

Calibra(Novi)ウォレットは Facebook のエコシステムに深く統合される計画だった。WhatsApp の 20 億人超のユーザーベースを活用し、スマートフォンと銀行口座さえあれば国境を超えた送金ができるサービスを目指していた。Libra の主要ユースケースとして挙げられたのが、銀行口座を持たない新興国ユーザーへの金融アクセス提供(金融包摂)と、高コストな国際送金の代替だった。

規制の壁と連合の離脱

Libra の発表は各国規制当局に激震を与えた。米議会は 2019 年 7 月と 10 月に公聴会を開催し、David Marcus(Libra Association 会長・元 PayPal CEO)が証人として立った。G7 財務相・中央銀行総裁会議は Libra を「金融主権・金融安定・マネーロンダリング対策」への脅威と位置づけ、フランスとドイツは欧州での Libra 流通を阻止すると宣言した。

規制の逆風を受け、連合企業の離脱が相次いだ。2019 年 10 月 4 日、PayPal が最初に脱退を表明し、10 月 11 日には eBay・Mastercard・Stripe・Visa・Mercado Pago が一斉に離脱、翌 14 日には Booking Holdings も去った。設立から 4 カ月で主要金融インフラ企業の多くが姿を消した。各社の離脱声明は「規制の明確化を待つ」というトーンで統一されていたが、実態はコンプライアンスリスクを嫌った判断だった。

米連邦準備制度理事会(FRB)は Libra を「システミックリスク」として分類し、正式承認前に独自の調査を求めた。財務省・FinCEN も AML(マネーロンダリング対策)・KYC(顧客確認)規制の適用について厳しい姿勢を示した。

Diem への改称と終了

2020 年 12 月、Libra Association は名称を Diem Association に、プロジェクト名を Diem に改称した。同時に設計の抜本的な縮小も行った。多通貨バスケット担保という当初の構想を捨て、単一通貨ペグ(まず USD ペグ)に絞り込んだ。パーミッションレス移行の計画も実質的に棚上げされた。

Diem Association は 2021 年に米国当局との協議を本格化させたが、米連邦準備制度との間で決着がつかないまま交渉は滞った。Diem の発行体となる予定だった Silvergate Bank への規制当局からの圧力も強まった。

2022 年 1 月 31 日、Diem Association はネットワーク資産と知財を Silvergate Capital に売却し、プロジェクトの終了を発表した。売却総額は約 1 億 8,200 万ドル(Silvergate 株式 1 億 3,200 万ドル相当 + 現金 5,000 万ドル)だった。ネットワークは結局一度もメインネットをローンチしなかった。

後日談として、Silvergate Capital 自体が 2023 年 1 月に Diem 投資を全額償却し、同年 3 月に銀行業務を自主閉鎖した。暗号資産市場の 2022 年の崩壊(Three Arrows Capital・FTX 等の連鎖破綻)が直接の引き金となった。

技術的遺産:Move 言語と Aptos・Sui

Diem の最も持続的な遺産は Move 言語と元チームのエンジニアたちである。

Move はリソース(資産を表すデータ型)を型システムのファーストクラス市民として扱い、コピーや廃棄を原則禁止することで二重使用をコンパイル時に防ぐ。Solidity と比べてスマートコントラクトの形式的検証が容易であり、高価値デジタル資産の安全な表現に適している。

元 Diem チームのエンジニアは 2 つのプロジェクトに分かれた。

  • Aptos(tech-160): 2021 年設立、Mo Shaikh と Avery Ching が主導。Move 言語と Block-STM(楽観的並列実行)を採用し、2022 年 10 月にメインネットをローンチ。
  • Sui(tech-159): 2021 年設立、Evan Cheng らが主導する Mysten Labs。オブジェクト指向モデルと Mysticeti DAG コンセンサスを特徴とし、2023 年 5 月にメインネットをローンチ。

両プロジェクトは Move の型安全性を引き継ぎつつ、独自のコンセンサスとデータモデルを採用した。Diem が実現できなかった高スループット・低遅延の L1 ブロックチェーンを異なるアプローチで追求している。

教訓:規制が最大の障壁

Diem / Libra の失敗は、大企業が主導するグローバル通貨構想において規制が技術よりも大きな障壁になることを示した典型事例として記憶されている。

技術的には Move 言語と BFT コンセンサスの組み合わせは有望だったが、Facebook というブランドへの不信感と「プライベート通貨による金融主権の侵食」という懸念が規制当局を団結させた。Visa・Mastercard といった既存金融インフラの離脱は、規制リスクが共同体の結束よりも重視されることを示した。

後の影響は大きい。EU の MiCA(Markets in Crypto-Assets 規制)、米国の GENIUS Act(2025 年成立)などステーブルコイン規制の本格的な立法論議は、Libra への各国規制当局の反応を直接の触媒としている。「大企業のグローバルステーブルコイン」という概念は Diem の失敗以降、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の議論に形を変えて各国政府主導で継続している。また Diem が切り開いた方向性は、国家ではなく技術者コミュニティが継承した形で Aptos と Sui という現役 L1 ブロックチェーンとして生き続けている。

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