需要と供給 — 価格メカニズムと市場均衡の基礎
需要曲線・供給曲線・市場均衡という価格メカニズムの中核を、比較静学・価格弾力性・消費者/生産者余剰・価格統制(上限/下限規制)まで一貫して整理する。confidence: medium は情報カットオフ時点の知識に基づく総合であり、個別の統計値は概念的な記述にとどめている。
article finance ja 需要曲線・供給曲線・市場均衡という価格メカニズムの中核を、比較静学・価格弾力性・消費者/生産者余剰・価格統制(上限/下限規制)まで一貫して整理する。confidence: medium は情報カットオフ時点の知識に基づく総合であり、個別の統計値は概念的な記述にとどめている。需要と供給 — 価格メカニズムと市場均衡の基礎
需要と供給(supply and demand)は、市場で価格と数量がどう決まるかを説明するミクロ経済学の最も基本的な道具立てである。買い手の意欲を表す需要曲線と、売り手の意欲を表す供給曲線が交わる点で市場は均衡し、そこでは需要量と供給量が一致する。価格が均衡から外れれば、超過需要・超過供給という不均衡が価格そのものを均衡へ押し戻す圧力を生む。本稿は、需要・供給それぞれの決定要因と法則、市場均衡と比較静学、価格弾力性と総収入の関係、消費者余剰・生産者余剰による厚生の測定、そして価格上限・価格下限という政策的介入がもたらす帰結までを扱う。なお、Alfred Marshall が需要と供給を鋏の両刃にたとえた価値論の歴史的経緯そのものについては別稿(限界革命と新古典派経済学)に譲り、本稿はメカニズムの記述に専念する。
需要曲線と需要の法則
需要(demand)とは、ある価格のもとで買い手が購入しようとする財の数量を指す。価格と需要量の関係を表にしたものが需要表(demand schedule)、グラフにしたものが需要曲線(demand curve)である。需要の法則(law of demand)とは、他の条件を一定とすれば(ceteris paribus)、価格が上がれば需要量は減り、価格が下がれば需要量は増えるという関係を指す。これは、価格が上がった財を他の財で代替しようとする代替効果と、実質所得が目減りして購買力が下がる所得効果の双方から説明される。需要曲線は通常、縦軸に価格、横軸に数量をとった座標平面上で右下がりに描かれる。
ここで重要なのが、価格変化に対する反応(需要曲線上の点の移動、movement along the curve)と、価格以外の要因の変化による需要曲線そのもののシフト(shift of the curve)の区別である。価格が変われば同じ需要曲線上を動くだけだが、価格以外の決定要因が変われば曲線全体が左右にシフトする。需要曲線をシフトさせる主な決定要因は次のとおりである。(1) 所得——正常財(normal goods)は所得が増えると需要が増え曲線が右にシフトするが、下級財(inferior goods)は所得が増えると需要が減り左にシフトする。(2) 関連財の価格——代替財(substitutes)の価格が上がれば当該財の需要は増え、補完財(complements)の価格が上がれば当該財の需要は減る。(3) 嗜好・選好の変化。(4) 将来価格や将来所得についての期待。(5) 買い手の数——市場参加者が増えれば需要曲線は右にシフトする。これらの決定要因のいずれかが変化したときにのみ需要曲線はシフトし、価格自身の変化は曲線上の移動として扱われる、という区別は市場分析の出発点である。
供給曲線と供給の法則
供給(supply)とは、ある価格のもとで売り手が販売しようとする財の数量を指す。供給の法則(law of supply)とは、他の条件を一定とすれば、価格が上がれば供給量は増え、価格が下がれば供給量は減るという関係である。価格が高いほど生産・販売から得られる利益が大きくなり、既存の売り手はより多く供給し、新規参入も促されるためである。供給曲線は通常、右上がりに描かれる。
需要と同様に、供給についても価格変化による曲線上の移動と、価格以外の要因による曲線のシフトを区別する必要がある。供給曲線をシフトさせる主な決定要因は次のとおりである。(1) 投入物のコスト——原材料・労働・エネルギーなどの費用が上がれば供給は減り曲線は左にシフトする。(2) 技術——生産技術の向上は同じ投入でより多くの産出を可能にし、供給を増やして曲線を右にシフトさせる。(3) 将来価格についての売り手の期待。(4) 売り手の数——市場への参入が増えれば供給曲線は右にシフトする。(5) 生産における関連財の価格——同じ資源で複数の財を作れる場合、一方の財の価格が上がればその財の生産に資源が振り向けられ、他方の財の供給は減る。
市場均衡 — 価格はどう決まるか
需要曲線と供給曲線が交わる点が市場均衡(market equilibrium)であり、そこでの価格を均衡価格、数量を均衡数量と呼ぶ。均衡においては、その価格で買いたいと思う量(需要量)と売りたいと思う量(供給量)がちょうど一致し、買い手にも売り手にも価格を変える動機が生じない。
価格が均衡より高い水準にあれば、供給量が需要量を上回る超過供給(excess supply、売れ残り)が生じる。売り手は在庫を抱え、値下げしてでも売りさばこうとするため、価格には下落圧力がかかる。逆に価格が均衡より低ければ、需要量が供給量を上回る超過需要(excess demand、品不足)が生じる。買い手は不足する財を求めて競い合い、価格には上昇圧力がかかる。このように、価格が均衡から乖離するたびに、その乖離を解消する方向へ価格が動く傾向を市場の安定性と呼ぶ。現実の市場ではこの調整が瞬時に起こるわけではないが、需給双方の意思決定が価格を通じて均衡へ収束していくという考え方は、価格メカニズムの基本的な作動原理として広く共有されている。
比較静学 — 需要・供給のシフトと均衡の変化
比較静学(comparative statics)とは、需要曲線や供給曲線がシフトしたときに、新しい均衡価格・均衡数量が元の均衡とどう異なるかを分析する手法である。
需要が増加する方向にシフトする場合(正の需要ショック、例えば所得の増加や人気の高まり)、需要曲線は右にシフトし、供給曲線が不変であれば均衡価格・均衡数量はともに上昇する。逆に需要が減少すれば、均衡価格・均衡数量はともに低下する。
供給が減少する方向にシフトする場合(負の供給ショック、例えば投入コストの上昇や生産技術の後退)、供給曲線は左にシフトし、需要曲線が不変であれば均衡価格は上昇し、均衡数量は低下する。逆に供給が増加すれば、均衡価格は低下し均衡数量は上昇する。
需要と供給が同時にシフトする場合は、価格と数量の一方の変化方向は確定できても、他方はシフトの相対的な大きさに依存して確定しないことがある。例えば需要・供給がともに増加すれば均衡数量は確実に増えるが、均衡価格は需要側の押し上げ圧力と供給側の押し下げ圧力の綱引きとなり、どちらが優勢かによって上がるか下がるかが決まる。同様に需要が増加し供給が減少すれば均衡価格は確実に上昇するが、均衡数量の増減はシフトの大きさ次第で確定しない。このように、同時シフトのケースでは価格・数量のうち一方は理論だけから符号を決められない場合がある、という点が比較静学の重要な含意である。
価格弾力性 — 需要と供給の感応度
価格弾力性(price elasticity)は、価格の変化に対して需要量や供給量がどれだけ敏感に反応するかを測る指標である。需要の価格弾力性は、需要量の変化率を価格の変化率で割った値(の絶対値)として定義され、価格が 1% 変化したときに需要量が何 % 変化するかを表す。厳密な瞬間の変化率をとらえる点弾力性(point elasticity)と、価格・数量が大きく変化する区間で始点と終点の中点を基準にとる弧弾力性(arc elasticity)の二つの計算方法がある。
弾力性の値が 1 より大きければ弾力的(elastic、需要量の反応が価格変化より大きい)、1 より小さければ非弾力的(inelastic、需要量の反応が価格変化より小さい)、ちょうど 1 であれば単位弾力的と呼ばれる。需要の価格弾力性を左右する主な決定要因には、(1) 代替財の入手しやすさ——代替財が豊富にあるほど弾力的になる、(2) 必需品か贅沢品か——生活必需品は非弾力的、贅沢品は弾力的になりやすい、(3) 時間軸——短期より長期のほうが買い手は代替手段を見つけやすく弾力的になる、(4) 支出に占める予算シェア——家計支出に占める割合が大きい財ほど弾力的になりやすい、が挙げられる。供給の価格弾力性についても同様の考え方が成り立ち、生産設備の調整や在庫の余地、時間軸の長さなどが弾力性を左右する。
弾力性は総収入(価格 × 数量)と価格変化の関係を理解するうえで直接的な含意を持つ。需要が弾力的な財については、価格を下げると需要量の増加が価格下落を上回って総収入は増加し、価格を上げると総収入は減少する。逆に需要が非弾力的な財については、価格を下げると総収入は減少し、価格を上げると総収入は増加する。単位弾力的な場合、価格変化は総収入を変化させない。この関係は、企業の価格戦略や、間接税・従量税が消費者・生産者のどちらにより重く帰着するか(税負担の帰着、tax incidence)を考えるうえでも基礎になる。
消費者余剰・生産者余剰と総余剰
消費者余剰(consumer surplus)とは、買い手が支払ってもよいと考える最大額(支払意思額)と、実際に支払った価格との差を、市場全体で合計したものである。需要曲線の下側かつ均衡価格の上側の面積として表される。生産者余剰(producer surplus)とは、売り手が受け取る価格と、売り手が財を供給するために最低限必要とする金額(限界費用に相当する売却意思額)との差を、市場全体で合計したものであり、均衡価格の下側かつ供給曲線の上側の面積として表される。
消費者余剰と生産者余剰の合計を総余剰(total surplus)または社会的厚生(social welfare)と呼ぶ。競争的な市場が需給の交点で自由に均衡するとき、総余剰は最大化されるというのが、価格メカニズムを厚生の観点から評価する際の中心的な結論である。均衡から乖離する数量——過小生産であれ過大生産であれ——が生じると、実現されたはずの取引利益の一部が失われる。この失われた余剰を死荷重損失(deadweight loss)と呼び、価格統制・課税・数量規制など、市場均衡を人為的にずらす介入の帰結を評価する際の共通のものさしになる。
市場の不均衡と価格統制
政府が均衡価格そのものに介入し、法定の上限や下限を課すことがある。価格上限(price ceiling)は、財を法定価格以上で売ることを禁じる規制であり、家賃統制(rent control)がよく引かれる例である。価格上限が均衡価格より低い水準に設定されると(拘束的な上限)、その価格のもとでの需要量が供給量を上回り、慢性的な超過需要——すなわち品不足——が生じる。教科書的な理論では、価格による調整が封じられるため、品不足は先着順の行列・くじ引き・非価格的な選別といった別の手段で配分されることになり、また供給者側には品質を切り下げる誘因が生じるとされる。ここで具体的にどの都市・どの時期の家賃統制がどの程度の不足や質の低下を生んだかという個別の統計は、事例によって幅があり本稿では立ち入らない。
価格下限(price floor)は、財を法定価格以下で売ることを禁じる規制であり、最低賃金(minimum wage)や農産物の価格支持がよく引かれる例である。価格下限が均衡価格より高い水準に設定されると(拘束的な下限)、その価格のもとでの供給量が需要量を上回り、慢性的な超過供給——労働市場でいえば失業、農産物市場でいえば余剰在庫——が生じる、というのが単純な競争モデルの予測である。ただし、最低賃金が雇用に与える実際の効果については、標準的な競争モデルの予測ほど単純ではないとする実証研究も蓄積されており、モノプソニー的な労働市場や実際の賃金分布の下での効果は、教科書的な予測より論争的で見解が分かれる領域として理解しておく必要がある。価格上限・価格下限のいずれについても、拘束的な水準に設定されて初めて需給に影響を与える点、均衡価格を挟んでどちら側に設定されるかでもたらされる不均衡の種類(品不足か余剰か)が逆になる点は共通の骨格である。
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