ケインズ経済学 — 有効需要の原理と総需要管理のマクロ経済学
大恐慌を背景に有効需要の原理・セイの法則否定・乗数・流動性選好・過少雇用均衡を説いた『一般理論』(1936)から、新古典派総合とIS-LM、総需要管理、反ケインズ革命、ポスト/ニューケインジアン、2008年以降の復権、日本での受容までを概観する。
article finance ja 大恐慌を背景に有効需要の原理・セイの法則否定・乗数・流動性選好・過少雇用均衡を説いた『一般理論』(1936)から、新古典派総合とIS-LM、総需要管理、反ケインズ革命、ポスト/ニューケインジアン、2008年以降の復権、日本での受容までを概観する。ケインズ経済学 — 有効需要の原理と総需要管理のマクロ経済学
ケインズ経済学(Keynesian economics)は、John Maynard Keynes の『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1936年)に端を発するマクロ経済学の体系であり、短期の産出と雇用は総需要(aggregate demand)によって規定されると説く。私的経済の均衡回復は自動的でも迅速でもなく、需要不足は完全雇用以下での持続的な失業を生みうる。ゆえに財政・金融政策による総需要管理が正当かつ必要だとする。本稿は、有効需要の原理・乗数・流動性選好という核心から、新古典派総合とIS-LM、政策的含意、反ケインズ革命、ポスト/ニューケインジアン、2008年以降の復権、日本における受容までを一望する。
ケインズ経済学とは何か — 定義と大恐慌という時代背景
ケインズ経済学は、経済全体の産出と雇用を決めるのは総需要(消費・投資・政府支出・純輸出の合計)であり、需要が不足すれば資源は遊休すると主張する立場である。その歴史的契機は1929年の株価大暴落に始まる世界大恐慌であった。アメリカの失業率は1932–33年に約25%に達し、賃金・物価の下方調整が市場を自動的に均衡させるとした古典派正統は、現実の長期にわたる大量失業を説明も解決もできなかった。この理論的空白がケインズ革命の機会を開いた。なお Keynes が『一般理論』第1章で用いた「古典派(classical)」は今日の用法より広く、Ricardo の後継者だけでなく Marshall・Pigou・Edgeworth ら新古典派までを一括した呼称であり、歴史学的な意味での古典派経済学とは範囲が異なる点に注意を要する。
ケインズという人物と主要著作
John Maynard Keynes(1883–1946)はケンブリッジ大学キングズ・カレッジに学び、Alfred Marshall と Arthur Pigou に師事した。文人・芸術家の集まりブルームズベリー・グループの一員でもあった。第一次大戦の講和会議に関わったのち『平和の経済的帰結』(1919年)でヴェルサイユ条約の過酷な賠償を批判して国際的名声を得た。管理通貨を論じた『貨幣改革論』(1923年)、『貨幣論』(1930年)を経て主著『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1936年)に至り、戦時財政を論じた『戦費調達論』(1940年)を著した。『貨幣論』後には Richard Kahn・Joan Robinson・Piero Sraffa・James Meade らによる若手討議集団「ケンブリッジ・サーカス」が『一般理論』への移行を助けたとされる。1944年のブレトンウッズ会議で Keynes は国際清算同盟と国際通貨バンコールを提案したが採用されず、アメリカ(Harry White)案が IMF・世界銀行とドル基軸の体制として勝った。彼は1946年に没した。
『一般理論』の核心 — 有効需要とセイの法則の否定
『一般理論』の中心は有効需要の原理である。雇用量は企業が予想する総有効需要(消費需要と投資需要の合計)によって決まり、需要が不足すれば均衡産出は完全雇用水準を下回る。これは古典派が前提とした「セイの法則」の否定を含む。セイの法則は、総体として供給はそれに見合う需要を生み、あらゆる財が同時に売れ残る全般的過剰は起こりえないとする命題である(よく引かれる「供給はそれ自身の需要を創る」という標語は後世の言い換えであって Say の逐語ではなく、John Stuart Mill らの定式化に帰されることもある)。貨幣を保蔵できる貨幣経済では所得が必ずしも支出されず、需要が産出を下回りうる。消費は所得の関数(消費関数)であり、所得が増えると消費も増えるがその増分は所得の増分より小さい(限界消費性向は0と1の間)。この差が過少雇用均衡を生む鍵となる。
乗数・資本の限界効率・流動性選好
投資の変化が所得をそれ以上に増やす乗数効果は、ケインズ理論の要である。乗数を最初に定式化したのは Richard Kahn の論文(Economic Journal 1931年)であり、Keynes が『一般理論』でこれを拡張した。限界消費性向を MPC とすると乗数は 1/(1−MPC) で表される。投資は、新規投資の期待収益率である資本の限界効率(MEC)が利子率を上回るときに行われるが、期待に依存するため不安定である。利子率は、貯蓄と投資ではなく貨幣の需給で決まるとする流動性選好説が提示された。貨幣を保有する動機は取引・予備・投機の三つで、とりわけ投機的需要は利子に感応的である。これは利子を貸付資金の需給で説明する古典派と袂を分かつ。各人が貯蓄を増やそうとすると総需要が減って所得が落ち、社会全体の貯蓄はかえって増えない「倹約のパラドックス」(合成の誤謬)も導かれる。投資を左右する根源的(Knight 的)不確実性と、それに立ち向かう人間の衝動「アニマル・スピリッツ」は『一般理論』第12章で論じられた(この語はのちに Akerlof と Shiller の著作〔2009年〕で再普及した)。
新古典派総合とIS-LM — ケインズとケインジアンの区別
John Hicks は論文「Mr. Keynes and the Classics」(Econometrica 1937年)で IS-LM 分析を提示し、ケインズ体系を財市場と貨幣市場の同時均衡として図式化した。Alvin Hansen はこれを普及させてアメリカン・ケインジアンの長期停滞論を展開し、Paul Samuelson は「新古典派総合」を命名し教科書 Economics(初版1948年)で世界に広めた。A.W. Phillips の失業とインフレの経験的関係(Economica 1958年)は、Samuelson と Solow(1960年)によって政策メニューとして読み替えられた。低利子で貨幣需要が無限に弾力的になり金融政策が無効化する「流動性の罠」も枠組みに組み込まれた。ここで重要なのは「ケインズ」と「ケインジアン」の区別である。IS-LM 的な新古典派総合(しばしば「ハイドローリック」と評される)は、ケインズを名目賃金の硬直性に還元し、彼が重視した根源的不確実性や時間を捨象することでその原義を歪めたとの批判がある(Leijonhufvud 1968年)。Hicks 自身も晩年(1980–81年)に IS-LM の限界を認める論考を著した。
政策的含意 — 総需要管理と機能的財政
ケインズ経済学の実践的帰結は反循環的な総需要管理である。不況期には政府が支出を増やし減税を行って需要を支え、好況期には逆を行う。乗数を通じて赤字財政支出はある程度自己ファイナンス的に作用しうるとされ、累進課税や失業給付のような自動安定化装置が景気変動を緩める。完全雇用の達成が政策目標に掲げられ、イギリスのベヴァリッジ報告(1942年)やアメリカの雇用法(1946年)に影響した。Abba Lerner の「機能的財政」(1943年)はこれをさらに推し進め、財政収支それ自体は目標ではなく完全雇用と物価安定を実現した結果生じる残差にすぎないと論じた点で Keynes 本人より急進的だった。第二次大戦後から1973年頃までの高成長・低失業の時期はしばしば「資本主義の黄金時代」と呼ばれ、ケインズ的合意と結び付けて語られるが、その高成長をどの程度ケインズ政策に帰せるかは後世に争点として残されている。
反ケインズ革命 — マネタリズムと新しい古典派(概観)
戦後の裁量的安定化政策に対し、20世紀後半に反ケインズの潮流が興った。Milton Friedman のマネタリズムは貨幣供給を景気の鍵とみなし、裁量的な財政政策の効果に懐疑的だった。1970年代のスタグフレーション(高インフレと高失業の併存)は、安定したフィリップス曲線という素朴な想定を裏切った。Friedman(1968年)と Edmund Phelps は予想を織り込んだ期待修正フィリップス曲線と自然失業率の概念を示し、長期では金融政策で失業を自然率以下に保てないと論じた。Robert Lucas の「ルーカス批判」(1976年)は、政策レジームが変われば人々の期待が変わり推定パラメータも変わるため、過去データに基づく計量モデルでの政策評価は無効だと突きつけた。James Buchanan ら公共選択論は、政治家が赤字財政に偏るバイアスを指摘した。これら反ケインズの系譜の詳細はマネタリズムと新しい古典派を扱う別稿に委ねる。
ポスト・ケインジアンとニューケインジアン
ケインズの遺産は二つの方向に分岐した。ポスト・ケインジアンは新古典派総合を Keynes の原義の歪曲とみなし、Joan Robinson はこれを「ニセのケインズ主義(bastard Keynesianism)」と批判した。Nicholas Kaldor や Piero Sraffa、根源的不確実性を非エルゴード性として捉えた Paul Davidson、そして Hyman Minsky がこの系譜に連なる。Minsky の金融不安定性仮説は、好況下で経済主体の負債が積み上がり金融システムが内生的に脆弱化すると説き、その崩壊点は「ミンスキー・モーメント」として2008年以降に広く知られた。他方ニューケインジアンは合理的期待を受け入れつつ名目硬直性のミクロ的基礎づけを与えた。メニューコスト(Gregory Mankiw)、効率賃金(George Akerlof・Janet Yellen)、信用割当(Joseph Stiglitz)がその代表で、これらは動学的確率的一般均衡(DSGE)モデルへと収束し、新新古典派総合として各国中央銀行の標準モデルとなった。なお現代貨幣理論(MMT)が Lerner や Keynes を系譜に挙げることがあるが、その関係は争点であり、MMT を素朴にケインズ系と同一視することはできない。
ケインズの復権 — 2008年金融危機とコロナ危機
2008–09年の世界金融危機はケインズ経済学を復権させた。リーマン・ブラザーズの破綻(2008年)を引き金に各国は大規模な財政刺激へ転じ、アメリカは2009年の景気回復・再投資法(ARRA)、G20は協調的対応を打ち出した。Minsky の金融不安定性仮説が再評価され、IMF も緊縮一辺倒からの路線転換を見せた。Carmen Reinhart と Kenneth Rogoff(2010年)は公的債務がGDPの90%を超えると成長が鈍るとの主張で緊縮論を後押ししたが、Herndon ら(2013年)が表計算上の誤りと手法上の問題を指摘し、その関係は脆弱だと再分析した。2010年代の欧州では緊縮と刺激をめぐる論争が続き、両論を併記して中立に評価すべき領域として残る。2020年の新型コロナ危機ではアメリカの CARES 法(2020年)など巨額の財政対応がとられ、需要支援の論理が再び実践された。これらの財政規模はいずれも概数として理解されるべきである。
日本における受容
『一般理論』の邦訳は比較的早い時期になされたとされるが、具体の訳者名・正確な刊行年・出版社については二次資料により幅があり、ここでは断定を避け一般的な記述にとどめる。戦後日本では需要管理と公共投資への影響がみられ、池田勇人内閣の「所得倍増計画」(1960年)も需要の成長を志向した政策として語られることが多い。1991–92年のバブル崩壊後の「失われた10年/20年」をめぐっては、需要不足やリチャード・クーの「バランスシート不況」論というケインズ的診断と、供給側の構造改革を求める診断とが対立した。日本は低利子下でも需要が回復しない流動性の罠の教科書的事例とも論じられた(Krugman 1998年)。2012年以降のアベノミクスは「三本の矢」として大胆な金融緩和・機動的な財政出動・成長戦略を掲げ、このうち財政出動の矢はケインズ的な総需要管理にあたるが、2014年の消費税率引き上げ(5→8%)が需要に与えた影響をめぐる議論もあり、その効果については評価が分かれ争点として残る。
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